123号の当選番号は 010 057 073 147 153 です。

幻の味

三月と言えば卒業式。

KURIKURIが開店した時にはまだ嫁さんのお腹の中にいた娘も、いつの間にやら中学卒業。

幸い卒業式は定休日なので心置きなく出席できるのですが、一人娘の義務教育卒業となると記念に何やらしなければ気が済みません。
 そんなわけで今月20日から23日13日から16日(娘のテストの都合で変更)までお休みをいただき、東京・鎌倉うまいもの旅行と相成りました。

祭日から土曜日までと自営業にあるまじき贅沢な休業日程。

休日にしか来られないお客様にもご迷惑をおかけしてしまいますが、めいっぱい美味しいものを食べて今後のメニューに生かしていこうと思いますので、何卒ご容赦をお願いいたします。

さて、娘の卒業に浮かれまくってはいますが、ふと我が身に返ってみると卒業式にあまり思い出はありません。

中学高校の時には進路がまだ決まっていないという中途半端な時期でありましたし、進路(就職先)が決まっていた大学の卒業式は、その後の研究室巡りで飲まされたビールで轟沈。

ふと目覚めると研究室の長椅子の上に一人ぽつんと取り残されていたという寂しい思い出しかありません。

唯一強烈に記憶に残っているのは小学校の卒業式。

当時は私立中学に行く子なんか稀でしたから、たいていみんな同じ中学に行くとあって冷めた感じの式典の中、私一人だけが号泣状態。

なぜなら卒業したらすぐに東京から九州に引っ越す事が決まっていたから。

毎日一緒に遊んだ仲良しや、顔を合わせれば憎まれ口をたたいていた初恋の子とも、二度と会うことが出来ないだろうと思うと涙が止まらなかったのです。

まぁ実際にはその後再び会った友もいたりなんかはしたものですが、「二度と会えない」という思いは、心に燦然と輝く記念碑を刻み込むもの。

みんなで最後の校歌を歌った体育館の光景は、涙でゆがんでいたはずなのに、今でもはっきりと思い出すことが出来るのです。

この「二度と会えない」効果は「二度と食べられない」でも絶大な効果を発揮します。

たぶんあれは高校二年の夏休み。

朝起きて、ふと「佐世保に行こう」と思い立ったのです。

なぜ佐世保だったのかは謎ですが、私のことですからきっと前日に見たテレビにでも影響されたのでしょう。

とにかく佐世保です。

高校生にとって交通手段と言えば自転車。当時住んでいた春日市は、福岡市のすぐ下。佐世保までの距離は100キロ以上。

朝の七時頃に出発して着いたのはお昼過ぎ。

すぐに帰らないと夜になってしまいます。

そんな状態で飛び込んだのが一軒の定食屋さん。

チャーハンに白身魚のフライが乗っかっていてタルタルソースのようなものがかかっている不思議なランチでしたが、お腹が背中から飛び出しそうなくらい空腹だったので一心不乱に掻き込みました。

でもたぶんこの時点では、そこまでの美味しさは感じていなかったと思います。

超絶にうまいご飯だったと思い始めたのは野を越え山を越えしてたどり着いた福岡県の県境あたりの山道。

お尻にマメができてサドルに腰を下ろすのさえままならない状況で、思い出すのは定食屋での至福のひととき。

さっくりとした衣の内側でほろほろと崩れていく白身魚が酸味のきいたタルタルソースと混ざり合って・・・なんて事を家に帰り着くまで右脳と左脳の間で反芻し続けていたのです。

その後バイクの免許を取ってから、思い出の味に再び出会おうと佐世保への道を走ったのですが見つけることはできません。

それもそのはずで、どこで食べたかもわからないのです。

「佐世保じゃないの」と思うかもしれませんが、実は佐世保には着いていないのです。

峠を越えて佐世保市に入ったところで、帰りはこの坂を上らなければならないのかと思いUターン。

そして帰り道の最初の町で食べたはずなのですが、パンフレットのような九州地図しか持っていかなかったので、どのあたりで食べたかもハッキリしません。

そんなわけで、二度と出会うことができなかったこの定食は記憶の中でふくれあがり、今では究極の美味として脳内美食アカデミーにエントリーされているほどです。

たぶんこれは、初恋の女の子が脳内で究極の美少女と化してしまったのと同じ幻想なのでしょう。

しかしどんな幻想であろうと当人にとっては現実の思い出。立派な心の財産です。

さて、翻ってみると当店のデザートは、私がレシピを残さない主義のため、どれも二度と食べられないものばかり。

名のあるシェフが作ったような超絶美味ではないかもしれませんが、心の財産になるかもしれませんので、一度お試しになってはいかがでしょうか?

KURIKURI