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吠えたら負け


先日中学時代の級友が福岡からやって来たので、ちょっと登山に行ってきました。

登山といっても本物の山に登ったわけではなく、行き先は「マウンテン」という名の喫茶店。

そう、あの甘口スパゲッティなどで知られる奇食の殿堂です。

甘口という優しい名前が付いていますが、その甘さはただものではありません。

ここでは完食を「登頂」と呼び、残してしまうことを「遭難」と呼ぶそうですが、ネットで調べる限り遭難者の数の方が多いよう。

また登頂に成功した人でも、単独登頂とは限りません。

友人とバディを組み、甘口メニューと通常メニューを頼んで半分こで、やっと登頂した人だって多いのです。

そんな険しき山こそ、三十ウン年ぶりに会った友を招くのに相応しい場所ではありませんか。

ナビを頼りにたどり着いたマウンテンは、一見普通の喫茶店。

いや、どこから見ても普通の喫茶店です。

中に入ると「冬季限定!甘口苺スパ」などという怪しげなポップは貼ってあるものの、内装もごく普通です。

案内された席に行くと、前のテーブルでは大学生とおぼしき二人が「甘口苺スパ」「甘口メロンスパ」を前に、苦しげな顔をして腕を組んでいます。

とは言え、皿の上に残ったピンクや黄緑のスパゲッティはあと二・三口分程度。登頂に成功するのは間違いないでしょう。横のテーブルでは八人ほどの学生達が楽しげに怪しげな料理を食べています。

しかも八人中男子は一人だけ。もう少し若ければ、もとい、めいっぱい若ければ是非とも仲間に入れていただきたい集まりです。いや・・しかし・・何やら雰囲気が微妙です。

「ねえねえ、これちょっと食べてみて」「これもちょっと食べてみない」と女子達は男子に食材を押しつけている様子。

どうもこれはうらやましい状況ではないようです。

そして前を見れば、先ほどの大学生達は、先ほどから一口も進んではいない様子。

表情には人生に疲れ切った中年男性のような陰が浮かんでいます。 こんな状況にびびった友は登山を諦め通常メニューに避難。

分別を知った五十代ならば当然の決断です。しかし、誘った私としては登山を諦めるわけにはいきません。

分別を失った五十代は、そこに山があれば登ってしまうものなのです。

頼んだメニューは「甘口小倉抹茶スパゲッティ」。

緑色の麺の上に山盛りのホイップクリームとサーティワンアイスクリーム並みの大きさのあんこ、そして缶詰の黄桃とサクランボがのったシュールなスパゲッティです。

しかし、あんこと抹茶と炭水化物なら、抹茶を飲みながらおはぎを食べるようなもの。

苺やメロンがのったスパゲッティに比べれば、遥かに食べやすいに違いないと思ったのです。

しかしそれは甘かった。。。

二重の意味で・・・。

とてつもなく甘い味付けをされた麺は、何故か油で炒めてあり、こってり感が半端じゃありません。

試しに一本だけ食べた友が「こりゃ食えんワイ」と即座に匙を投げるほどの甘くどさなのです。

それでも私はがんばりました。

甘みに耐えきれなくなればフルーツやクリームに逃げ(そっちの方が甘みが少なかった)、鮎を丸呑みする鵜のごとく麺を丸呑みし、残すところあと二口まで進んだのです。

そしてその時、初めて私は前に座っていた大学生達の気持ちが分かりました。

その二口が食べられないのです。

強靱な意志の力で麺をフォークに巻き付けても、頑なに体が拒否するのです。

先の二人はすでに遭難し、店を去っています。

それは仕方のないことなのです。

しかし私は偉かった。

拒否する体を説き伏せて口を開けると、麺を無理矢理押し込み、水で胃袋に流し込んだのです。

登頂成功!自分で自分自身を褒めてあげたい!

とまぁ、大変な偉業を成し遂げたように書きましたが、後から一人で来た青年は「甘口苺スパゲッティ」を、ごく普通の食材のごとく平然と平らげ、何事もなく帰って行きましたから、人によってはごく普通の甘さなのかもしれません。

ともあれ、抹茶と小豆という至福の組み合わせから、このような地獄を生みだす店主のワザ。

心から敬服せずにいられません。

ならば私は美味しい方でその限界に挑戦してみようじゃありませんか。

幸い手元には30gで5000円以上もする抹茶から緑茶を粉にしただけのものまであらゆる抹茶が揃っています。

さらに焙じ茶ならば自家焙煎ですので、好みの深さに煎り上げることができますし、小豆はあんこの他にアイスクリームにする技術だって持っています。

そんな意気込みで完成したのが「お茶三昧パフェ」。

焙じ茶はチョコにアイスにクリームにと、それぞれ焙煎具合を使い分け、抹茶もアイスに濃茶ゼリーに薄茶のソースと使い分け、さらに緑茶はサクパリの玄米茶チョコに。

甘みや旨味だけじゃなく口溶けなどの食感にもこだわって、最高のパフェができたのです!!!

と、トリプル感嘆符で自慢したものの、このパフェが食べられるのは7日まで。

このエッセイを読んでいる方の多くは食べることはできません。

しかし、このパフェを作る過程で得られた技術は、きっと次の抹茶を使ったパフェで生かされることでしょう。

そして、ここまで本気になれたのは、やはり「マウンテン」の強烈なインパクトがあったから。

「山は高きをもって貴しとせず」とも言いますが、高い山に登るほど遠くの地平が見渡せるのもまた事実。

苦しい登山ではありましたが、得たものは多かったと思います。

まぁ、二度と挑戦することはないでしょうが。。。。。



KURIKURI