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ハリウッドの現実


アクション系の映画なんか見ていると、主人公が怪しげなカバーを外すと中に残り時間が一桁しか無い起爆タイマーを発見するようなシーンがよくあります。
私なんかがそんなものを発見したら、口から心臓が飛び出してしまいそうですが、さすがハリウッド俳優は違います。
数分間で起爆装置を止めるだけでも大変なのに、敵は現れるは道具を手の届かないところに落とすはとピンチの大盤振る舞い。
どう考えても十分以上は経っていそうなのに、何故か最後はラスト一秒で間に合ってハッピーエンド。
まぁこれは映画だから起こりうることで、現実にはそんなギリギリのピンチなんか訪れないだろうと思っていたら間違っていました。
一般人にもピンチは訪れるのです。
それは忘れもしない四月の十七日。
「キャラメルショコラパフェ」の初日です。
開店十五分前にパフェ材料のチェックをしていたら、ブラッドオレンジのシャーベットがないことに気がつきました。
試作&試食もしているのですから、作っていないはずはありません。
どこかにあるだろうと冷凍庫の中身を全部引っ張り出しても見つかりません。
記憶をたどると恐ろしいことを思い出したのです。
前日にキャラメルショコラパフェの前の「ベリーとカスタードのパフェ」の材料を処分したのですが、やけにラズベリーシャーベットの量が多かったのです。
その時は「ちょっと作りすぎたか…もったいない」ぐらいにしか考えていなかったのですが、もったいないどころの騒ぎじゃありません。
うちのブラッドオレンジのシャーベットはシチリアで収穫したてのオレンジを搾ってすぐに冷凍して直輸入したもので作っています。
そんじょそこらのスーパーで売っているような濃縮還元とは味も香りも色も段違いに鮮烈な高級品なのです。
その鮮やかな色が災いして、ラズベリーと思い込んで捨ててしまったに違いありません。 そんな高価なものを文字通り水に流すとは・・・。
いや、金額のことを悔やんでいる場合ではありません。
新作パフェ初日には、それを楽しみに朝一番に食べに来るお客さんがいるのです。
探すのに時間を使ってしまったので、もう時間は十分もありません。
シャーベットは果汁に糖度の高いシロップを加えてアイスクリーマーで冷やして作るのですが、どんなに急いでも三十分はかかります。
別の手を考えるしかありません。
私は一休さんのように考えました。
いや、一休さんのようにポクポク考えていたのでは間に合いません。
木魚のBGMを十六ビートに加速して、早送りで考えました。
ポポポポチーン!
そうだ!!凍らせている時間が無いのなら、凍っている果汁を使えばいいじゃないか!
凍った果汁をジューサーミキサーで粉砕しながらシロップを加えればほぼ凍った状態のシャーベットが作れるはずです。
シロップならばドリンクに使うのがあります。
糖度は若干異なりますが、味を見ながら作れば問題は無いでしょう。
冷凍庫から果汁のパックを取りだして中身を出すと新たな問題が!
果肉部分が沈んでいるために上と下で全く色が違うのです。
この様子では外側と中心部の糖度も異なるはず。
かといって丸々一本分をシャーベットにできるほど巨大なミキサーは持ち合わせがありません。
力任せに砕いて様々な部位を拾い集め、少量のシロップとともにミキサーへ。
これでOK…
と思いきや、ミキサーが急停止。
どうやら糖度の低い硬い氷を噛んでしまったようです。
しかし、ロックアイスをも砕くというチタンカッター搭載の我がミキサーが負けるはずはありません。
何度かのON・OFFを繰り返した結果、遂に・・・ウンともスンともいわなくなってしまいました。
我がチタンカッターは硬い氷だけなら砕けても、柔らかなシャーベットに包まれた氷には勝てなかったようです。
柔よく剛を制す。嘉納治五郎先生は正しかった。
なんてことを言っている場合ではありません。
幸い裏の倉庫にはミキサーの動力部分があります。
先代のミキサーはガラスポットの部分を割ってしまっただけなので、本体は無事なのです。
硬い氷を取り除き、多少のサイズ違いは見なかったことにしてミキサーをセットして無事にシャーベットを作ることができました。
とは言え、まだトロトロで型抜きできる状態ではありません。
開店まであと一分。
トロトロのシャーベットを金属製の小型ボウルに入れて、冷凍庫の冷気吹き出し口の下に置き、扉を全開にして待つことしばし。
すぐに扉を閉めなきゃ!と思うかもしれませんが、違うのです。
業務用冷凍庫は庫内温度が上がると、南極怪獣ペギラの冷凍光線の如き冷気を吹き出しはじめるのです。
そして開店。
お客さんを迎え入れ、不自然にならない程度にゆっくりと水を運び、丁寧に注文を聞き、ゆっくりと厨房に戻ってパフェを作ったところ・・・
柔らかいながらも何とかちゃんとした形のパフェを作ることができたのです。
しかしこうやって読み返してみると、どう考えても十分かそこらの出来事ではありません。
どうやらピンチに陥った人間は周囲と時間の進み方が異なるようです。
映画のあのシーンは主人公の見せ場を作るためにと思っていましたが、実は現実に即した描写だったようです。
となると、もしかすると私にも起爆タイマーを発見する時がやってくるかもしれません。
その時に備え、口から心臓を飛び出さない訓練を重ねることにしましょう。



KURIKURI