Vol.8  2002.8.1  この号の当選番号は032と154です。


止められない


かつて工作少年だった頃、ロケットエンジンの車を作って遊んでいました。

ロケットエンジンと言っても親指くらいの小さな容器の中に専用の固形燃料を入れて小さな穴の開いたふたをして、そこ差した導火線で点火するだけのちゃちなものです。

しかし白い煙を噴きながら爆走する車に子供心をときめかしていたものです。

ただ、このロケットエンジンは子供が遊ぶには結構お金がかかるものでした。

走っているのはホンの十秒ほどなのにそれに使う固形燃料は一個40円もした上、専用の導火線も一本十円もしたのです。

当時のお小遣いは学年×100円で600円しかなかったはずですから、一回五十円の遊びは贅沢です。

そこで何とか節約しようとある日導火線の代わりに一束十円の線香花火を差してみたのです。

導火線よりちょっと太い花火をジェットガス噴出用の穴に差して点火すると、ぱちぱちと火花を散らしながら燃え進んだのですが、なかなか固形燃料に火がつきません。

そして、やっと火がついたと思ったら、線香花火が穴をふさいでいるためにジェットガスが穴から吹き出ることが出来ず、車の中に逆噴射してしまったのです。

しかし一旦火がついた固形燃料は止められません、それから約十秒間、丹精込めて作った愛車がただのボロくずに変わるのをじっと見ているしかありませんでした。

小学生時代最も長い十秒間として、今も心に残っている一コマです。


さて、止められない、と言うかやめられないのが先日やった「グレープフルーツのムース」です。

グラスの下から「ルビーグレープフルーツゼリー」「グレープフルーツムース」「コアントロー入りのシロップに漬けた生のルビーグレープフルーツ」「ホワイトグレープフルーツゼリー」「生クリーム」「グレープフルーツシャーベット」「ブランデー入りのバニラアイスクリーム」と積み上げた、かなり気合いの入ったデザートでしたが、それだけに大好評でした。

これをやっていた二週間の間に二度食べに来られた方は数知れず、私の記憶にあるだけでも四回食べに来られた方が少なくとも三人はいらっしゃったほどです。


そこで、今度は「桃のムース」を作ることにしたのですが、このムースデザート、作るのがちょっと大変なのです。

このムースの命は文字通り口の中で「泡のように溶けていく」事なのですが、これを実現するためにゼラチンは固まるぎりぎりの量しか使っていません。

このため朝作ったムースが夕方には崩れ始めているほどに泡を閉じこめておく力が弱く、朝の作業は時間との戦いです。

ゼラチンを投入してからは一瞬でも手を止めてしまったらその分泡がつぶれてしまうため、作業を始める前に珈琲豆の焙煎時間などあらゆる他の作業の時間配分を決め、絶対に手を止められない時間には絶対他の作業がかぶらないようにして秒単位の作業をこなしています。


しかし世の中に「絶対」はありません。


ある日、ゼラチン投入の三十秒前に焙煎機の火力を上げ、アイスクリームマシンで作っているシャーベットにメレンゲを投入する五分前といういつもの時間にゼラチンを投入し、氷水で冷やし始めたその時、アイスクリームマシンから異音が聞こえたのです。

見るとマシンのふたの留め金がはずれてふたがぐるぐる回りだし、中が攪拌されていないのです。

このまま放っておくと縁の方が固く凍ってジャリジャリのシャーベットになってしまいます。

そこですぐにマシンのふたを止めに行ったのですが留め具が変な具合にはまってしまって動かないのです。

そこで急遽割り箸を包丁で削った棒で固定したのですが、この間に泡がつぶれ始めると共に縁の方のゼラチンが固まってしまったのです。

何とかがんばってそれなりに仕上げたものの、完璧にはほど遠いものになってしまいました。


七月十五日にムースを注文されたお客様。


本当に申し訳ありませんでした。


KURIKURI