Vol.26 2005.2.1
この号の当選番号は005と070です。
贅を尽くす
先月、先々月と贅沢で美味しい食べ物の話をしてきましたので、今回はひと味違った贅沢な食事の話をしましょう。
あれは大学時代、季節は丁度今頃で二月の終わりか三月のはじめあたりのことでした。
基本的に私の学生時代はビンボーだったのですが、この時ばかりは違っていました。
教え子が「ゼッタイ不可能!!」と言われていた第一志望の大学に合格し、喜んだ親御さんがボーナスをはずんでくれたのです。
これだけあれば家庭教師の口が少ない四月五月も生きていけるだろうと喜んでいたら、そんな私の懐具合を察した「聖子ちゃん命」の悪友に誘われて、松田聖子のディナーショーなるものに行くことになってしまったのです。
そして、その友人も同じように「あぶく銭」が入っていたのが運の尽きでした。
金の使い方を知らない愚かな若者二人は「初めてのディナーショー」に浮かれ、訳の分からない買い物に走ったのです。
「聖子ちゃんの前でみっともない格好をしとっちゃいかん」とばかりに上から下までビシッと買いそろえ、握手してもらった場合に備えて、その後何も触れないようにと白手袋まで買ったのです。
よーく考えてみると、私は当時別にそこまでファンでもなかったのですが、勢いというものは恐ろしいものでディナーショーのチケット代三万円也を払った時にはすっかり文無しになっていました。
しかし本当の悲劇はその後やってきたのです。
ディナーショー当日、会場のレストランがあるホテルに着いた二人は封筒の中にチケットが一枚しか入っていないことに気がついたのです。
チケットを買った日、帰りにマックに寄って「これが一枚三万円のチケット様じゃー」などと騒いでいたので、そこまで二枚あったことは間違いありません。
そして友人の話ではその後一度も封筒を開けていないということなので、落としたのはそのマックに違いありません。
慌ててそのマックに電話したものの、そんな落とし物はないと言われ、ホテルに掛け合ってもチケット無しではだめだと言われ、二人の間には気まずい沈黙が流れました。
「おまえの方がファンなんだから、おまえが行って目に焼き付けてこいや。俺は後からおまえの目玉の中の聖子ちゃんを見るから!」
などとアホなことを言ったものの、ファミレスでさえ一人で外食できない性格の彼が一人初めてのディナーショーに行けるはずもありませんでした。
そして大して聖子ファンでもない私が一緒に騒ぐ相手もないのに行く理由もなく、二人はあきらめて帰ることにしたのです。
帰りに寄ったラーメン屋。野郎が二人、がっくりと肩を落として入ってきたのを見て店のオヤジも何かを感じたのでしょう。
並のラーメンしか注文していないにも関わらず大盛りのチャーシュー麺を出してくれました。
「オレ達、このラーメンのために一体いくらかけたんだろな?」
二人合わせてン十万のラーメン。オヤジの心配りも効いて、心にしみる贅沢な一杯でした。
間抜け極まりない体験ですが、こんな経験を積んで人は大人になっていくのです・・たぶん
何かつらいことがあった若者は、がっくりと肩を落としてカウンターに座ってみてください。
何かいいことが起こるかもしれません。