Vol.29  2005.5.1  この号の当選番号は088と112です。

不味いはオイシイ


先月号で「拷問のような給食」と書いたところ「何が一番まずかったの?」という質問を何回か受けました。

しかし困ったことに私の脳は「都合の悪いことを忘れる」というクセがあるため、具体的にどんな不味いものを食べたのかの記憶がきれいに抜けてしまっているのです。

ただ「噛むのが嫌で無理矢理牛乳で流し込んだ」とか「先生までが残すことを認めた」とかいう記憶があるだけで「○○の××揚げ」みたいな具体的なものが思い出せないのです。


唯一具体的な食品名で記憶に残っているのは「オキアミ」という今は釣りの餌にしか使われていない南極産の巨大プランクトンなのですが、これも不味かったからと言うよりも、先生が言っていた「これが未来のタンパク源だ」というキャッチフレーズの為に記憶に残っていたに過ぎません。

味の方は特別に不味いと言うほどのものでなく「エビの形をした高野豆腐」といった感じで、スカスカに旨味が抜けた身に調味料がよく染みていた記憶がある程度です。


しかしお客さんと話し込んでいるうちに、脳の奥に封印されていた「不味い記憶」が甦ってきたのです。

今考えてみるとよく今まで思い出さなかったなと思うのですが、それは大学四年の夏のことです。


私が四年の時に在籍していた研究室の教授は、家庭に問題を抱えていたため「家に帰りたくない」人で、年中大学に来ていました。

このため助教授以下学生もなかなか休みにくく、先輩からも「夏と冬の休みは無いものと思うように」と釘を刺されていました。

しかし、さぼることが大好きな私は何とか夏休みを取ることは出来ないかと考え、見つけたのが「合宿免許」です。


当時私は自動二輪免許しか持っていなかったので「就職のためやむをえず」と言えば教授といえども反対できません。

それでも教授は「そんなもの近くに通って空いた時間は大学に来ればいい」と言ったのですが、なんとその合宿免許は三食付いていながら地元で普通に自動車学校に行くよりも安く、しかも不合格で滞在日数が伸びても追加料金無しだったのです。

これにはさすがの教授もビンボー学生に向かって「お金をかけても近くで取れ」とは言えません。

これで私は南国での楽しいサマーバカンスを獲得した・・・・ハズでした。


まず第一の誤算はそのロケーションでした。

僻地にあるとは思っていましたが、それは予想を遥かに越えた所で、バイクで行った私でさえ気軽に出かけられるような所はどこにもなかったのです。


第二の、そして最大の誤算は食事の不味さでした。

粒が崩れている上独特の臭いがするご飯。

必ず中途半端に冷め、しかも妙に甘い味付けのおかず。

異常に薄いみそ汁。

これが毎日三食続いたのです。


私はバイクがあったのでその気になれば麓の町まで食べに行くことも出来たのですが、相部屋の二人に申し訳なくて毎日一緒にその「ムショご飯」につきあっていたのです。


そんな日々でしたからから卒業にかける意気込みは大変なものです。

ハンコが貰えなかった日などは皆で励まし合い、卒検の日が近づくにつれてまるで青春ドラマのような連帯感が生まれたくらいです。

そして運命の卒業検定。出陣のスクラムを組んで臨んだ我ら同室三人組は見事に一発合格を勝ち取ったのです。

おかげで私はその後十日ほどを「卒検に落ちた」事にして遊んで暮らし、最後の夏休みを満喫することが出来ました。


そしてこの不味さの体験は、後においしさへのこだわりへと転化し、現在のKURIKURIへと繋がっていると言えなくもありません。

不味さというものはその時にはつらいものですが、時にはバネとなり、また時には話のタネになる。

私の生活にとってそれは意外に「オイシイ」存在のようです。


KURIKURI