148号の当選番号は 003 013 037 047 159 です。
平均値の定理
先月後半のデザート「オレンジキャラメルクレープ」はおかげさまで大好評。
「今まで食べてきた中で一番美味しいデザートでした」と言ってくださったお客さまも少なからずいらっしゃったほどです。
ではいったい何がそんなに美味しかったのか?
細心の注意を払って焦がした砂糖で作ったキャラメルソースも美味しかったと思うのですが、やはり一番の決め手はオレンジソースだったと思います。
このオレンジソース、最初は真っ赤なブラッドオレンジで作る予定でした。
今回仕入れたブラッドオレンジは産地シチリアで急速冷凍したストレートジュースですから、そんじょそこらの濃縮還元ジュースとは香りが違います。
しかし・・・ソースを作ろうと煮詰めると、肝心の香りがすっかり丸くなって「そんじょそこらの濃縮還元」と変わりなくなってしまいました。
しかも、ブラッドオレンジ特有の鮮やかな赤色が、トマトケチャップのようにすっかりくすんでしまったのです。
こんなソースがお皿一面に広がるデザートを作ったら、彦麻呂に「デザート界の血の池地獄や~」と言われても文句は言えません。
そんなわけでブラッドオレンジは諦めて、普通のバレンシアオレンジで作ることにしたのですが、やっぱり香りが普通です。
香りを強くするために皮を入れたいところですが、輸入物は農薬が燻蒸されているので洗ったくらいでは落ちません。
そこで選んだのが国産のセミノールオレンジ。
セミノールは、温州蜜柑のように柔らかい香りを持つバレンシアオレンジとは異なり、嗅ぐと顔中のパーツが真ん中に集まってきそうなくらいキュンとした強い香りを持つオレンジです。
これをよく洗って皮を薄~く剥き、その皮をバレンシアオレンジのジュースと一緒に煮込む事十五分。
とろみが出てきたところで荒く切った果肉も加えてさらに五分。
これを氷水で冷やして、仕上げに軽やかな柑橘系の香りを持つコアントローを加えると、柔らかなふくらみの中にキュンとした芯を持った香りのソースの完成です。
このように香りの系統が異なる物を組み合わせて、より膨らみのある香りを作るのはお菓子界に限らず料理界や化粧品界でも広く使われている技術です。
しかし広く使われているからと言って、簡単にできる物ではないのもまた事実。
栗とチョコの難しさは先月号のエッセイで1000文字以上も使って愚痴り倒しましたのでここには書きませんが、組み合わせを決めるのは結構大変なこと。
今回のようにオレンジ+オレンジ+オレンジリキュールのようなシンプルな組み合わせでも試作&試食は必要であり、剥いたセミノールオレンジの皮の厚みくらいは皮下脂肪が増えたはずです。
そして今、栗を使った新しい定番デザートを検討しています。
せっかくショコラマロンで様々な栗の組み合わせを試したのですから、他に活かさなければもったいないと始めた企画なのですが、やっぱり新しい組み合わせを決めるのは難しいもの。
せっかくへこみ始めた栗腹がまた出っ張ってきそうな気配です。
さて、話は変わりますが、私は絵が下手な子どもでした。
まぁ今でもうまくはないのですが、その頃の下手さ加減はまた格別。
馬とカバの区別がつかないほどデッサン力がないのは今も変わりはないのですが、色の使い方が恐ろしく下手だったのです。
へたくそな下書きに色を塗るのですが、空は水色、顔は肌色、葉っぱは緑、といった具合に単調に色を塗るだけ。
それでもくっきりとした濃い色使いにすればミッフィーのような味わいも出たかもしれませんが、色使いに自信がないものだからやたらと薄めて塗ったくるのです。
その結果、画用紙はふやけてボコボコと盛り上がり、表面はこすれてボロボロと剥け、他の部分との境界は滲んで異世界の入り口のようなおどろおどろしい色彩に変化したものでした。
もう少し色彩感覚があれば、色の組み合わせの想像もできて下手なりに深みのある絵も描けたことでしょう。
しかし残念ながら、いまだにソースが出来上がってやっと「血の池地獄」であることに気がつくほど色の想像力は欠如しているのですから、絵の才能は全くといっていいほどないようです。
しかし人生の幸不幸がトータルすれば平均値に収まるように、才能もまた平均値に収まるもの。
絵の才能が欠如している分、他の才能に恵まれているはずです。
オレンジソースがうまくいったように香りの才能は多少あるようですし、栗の経験は積んでいますからマロンショコラの時のような栗腹になる前に、きっと新しい定番デザートができることでしょう。
乞うご期待!