178号の当選番号は 032 109 173 187 そして二十周年特別賞は 075 です。
盆栽鑑賞
今月でKURIKURIは二十周年。
普通のお店なら「二十周年感謝フェア」みたいな広告を出して、何らかの特典を付けたりもするのでしょうが、当店はほぼ平常営業。
彼女がいない独身男の誕生日の如き地味さです。
まぁ一応今月号の抽選番号に「当たり」を一つ入れて、来月の当選者にちょっと素敵なプレゼントをするつもりですが、それだってこのエッセイを読まない限りわからない隠密行動です。
ではなぜ、ここまで地味にするのか。
それは、今来てくださっているお客様を大切にしたいから。
同じ時期に始めたお店が次々とやめてしまう中で、中心部から離れた小さなお店が二十年も続けることができたのは、ずっと来続けてくださるお客様がいたからです。
それなのに、こんな狭い店で「二十周年特別フェア」なんかをやってしまうと、いつものお客様が入れなくなってしまうかもしれないではないですか!
特別なことはせず、いつもの通りの笑顔で迎える。これがKURIKURI流の感謝なのです。
・・・などと言いつつ、偶然ですが以前取材を受けた「ぴあ」の本が先月末に発売されたので、新しいお客様も多いかもしれませんが。。。
それにしても二十年とは長いようで短い時間です。
右も左もわからない状態で店を始めたころには、十年もたてば一人前になり、二十年もたてばカサブランカに出てきたハンフリー・ボガードのような渋い接客をしてイングリッド・バーグマンの如き美女から熱い視線をおくられるに違いないと思っていました。
しかし二十年たった今、接客は相変わらずぎこちなく、カップを置こうと右手に意識を集中すれば左手がおろそかになり、お客様から「私の方にこぼさないでね!」と冷たい視線をおくられることもしばしばな有様です。
二十年もの間何をやっていたのかと思わないでもないですが、むかしの自分のことを考えれば納得がいきます。
二十歳の頃の私は、だれがどう見ても一人前ではありませんでした。
「廉価」を「けんか」と読んでしまうほど文字を知らず、ワープロ黎明期にもかかわらず手書きのレポートを教授に禁じられるほど字が汚く、おちょこ一杯のビールで泥酔できるほどのへなちょこ野郎。
二十歳はまだまだ青二才、一人前どころか三分の一人前にも満たないほどだったのです。
しかし三分の一人前とはいえ、幼少期にできなかったことが数多くできるようになったように、この二十年でできるようになったことも数多くあります。
デザート作りや珈琲豆の焙煎が上達したことは先月号に書きましたが、そのほかにもいろんなことが上達しました。店の営業に付随して上達したのが修理ワザ。
これも先月号に書いたので多くは語りませんが、情け容赦なく壊れ続ける食洗器やパソコンにはにドライバーとハンダごてを握りしめて敢然と立ち向かい、平穏な日常に不意に襲い掛かるパイプ詰まりや水漏れごときはホースとパイプレンチでちょちょいのちょいと修理できるほどのスキルを身に着けたのです。
そして店とは直接関係ありませんが、学生時代からずっと続けてきた家庭教師。
店を始める前は主に知り合いの中高生ばかりを教えていたものが、店で募集をかけるようになってからはバラエティに富むこと限りなし。
下は小学生から上は社会人受験生まで、十分間とじっとしていられない子から三時間ぶっ続けでも集中力の途切れない子まで様々な子たちを教えてきたのですから、ハイジやクララのみならずアルムおんじやヨーゼフにだって教えられるレベルに達しているに違いありません。
そして今月半ばにはエアコンの取り付けにもチャレンジする予定ですから、冷媒管の取り付けなど新しい技術を身につけることができるでしょう。
こうしてみる限り、二十年の年月は私に様々なものを授けてくれているようです。
しかし、光あるところには影がある。
レベルアップの裏側にはレベルアップし損ねたスキルが数多く隠されています。
先ほど書きましたように、接客態度はいまだ学生バイト並みにぎこちないままですし、読める漢字が増えた一方で書ける漢字は減る一方。
伝票に書かれた文字は、書いた本人が解読するのも困難なまま一向に上達する気配がありません。
おまけに、ちょっと洋酒のきいたシュークリームを食べただけでハイになれるほどお酒にも弱いままなのです。
樹木は一様に葉を茂らせているように見えて、実は葉があるのは幹から伸びた枝のまわりだけ。
人や店もまた、枝の生えた部分だけが成長してゆくのでしょう。
KURIKURIもまた、どのように枝を増やしていくかはわかりませんが、様々な方向に枝を伸ばし、徐々に成長してゆくことでしょう。
これからも末永く見守っていただきたいと思います。
ただ・・・
どう考えても私の枝葉の伸ばし方は喫茶店主として正しい方向ではないような気がします。
自然の摂理に反した不自然な成長になるかもしれませんが、盆栽を楽しむような気持ちで見守ってやっていただきたい。