180号の当選番号は 040 044 046 062 163 です。
イスの上にも
「石の上にも三年」という言葉があります。
辞書には「我慢強く辛抱していれば必ず成功する事のたとえ」と書いてあり、新入社員相手に社長さんあたりが語る事が多いようです。
ちなみに、もともとは「石の上にも三年いれば暖まる」という言葉で、冷たい石でも三年も我慢して座っていれば暖かくなるさ、というお話です。
この言葉の由来は諸説あるのですが、一説にはダルマさんでおなじみの達磨大師の修行の様子から来たのだといわれています。
達磨大師はかなりの修行マニアだったらしく、洞窟の岩壁に向かって九年も座禅を組み続けて悟りを得たといいますから、三年くらい座り続けるくらいは尻が暖まってちょうどいいくらいだったのかもしれません。
しかし、暖かくなったからといっても、石は石。
カッシーナのソファーに変わるわけではないのですから、これを成功と呼ぶのはいかがなものでしょうか?
とは言え、三年我慢できずに次々と新しい石に座り直していては、いつまで経っても冷たいままなのもまた事実。
KURIKURIも最初の三年くらいは貯金を切り崩しながらのギリギリ経営でしたが、そこで諦めていたら二十年も続ける事はできなかった事でしょう。
と、ここまで読んだ常連さんは「また二十周年ネタの続きか」と思われるかもしれませんが、今回は二十年ではなく十五年ネタ。
表を見ていただくと分かりますが、今回でKURIKURI通信は180号。
何と十五年も続いているのです。当然このエッセイも十五年、すなわち冷たい石を五回も暖める事ができるほど続いているのです。
だいたい一回あたり原稿用紙で四・五枚程度ですから、全部あわせると八百枚ほど。
小説ならば分厚い一冊に相当しますし、エッセイ集なら三冊分はある事でしょう。
理系出身で文章など書いた事はなかったのですが、暖まった石がおしりの形に合わせて変形するくらい座り続ければちょっとは上達します。
このエッセイを読むために毎月通ってくださるお客さんもいるようですから、アマチュアレベルは脱している事と思います。
昔と比べてみたい方は、HPに初期の頃のエッセイも載っていますので、試しに読んでみてはいかがでしょうか。
そしてやっと本題。
この上達した文章力で、あるコンテストに入賞し、先月店をお休みして授賞式に行ってきました。
授賞式の場所は大阪なのですが、午後からだったので途中の京都で奈良に住む娘と待ち合わせをして食べ歩き。
まずは朧八瑞雲堂のどら焼きへ。ここの名物は「超」がつくほど分厚いクリームをサンドした「生銅鑼焼」。
おちょぼ口の舞妓さんでは、いや普通の人類ではまず口に入れる事もままならぬ分厚さです。
これを一口で食べるには拳を口に入れられるほど柔軟な顎関節か、あごから口を飛び出す事ができるエイリアンのような骨格が必要でしょう。
とにかく一般人には手に負えない分厚さなのです。
ただのインスタ映えだけで流行っているのだろうと思っていたのですが、食べてみるとなかなかの美味しさ。
通常のどら焼きのように皮とあんこを一度に味わうものではなく、分厚く盛られた和風ムースの舌休めにどら焼きの皮があるような感じです。
和と洋をあわせたような、というよりは和の中に洋を取り込んだ新しい美味しさがありました。
そして銀閣寺で移ろいゆく自然と何百年と変わらぬ石庭を眺めて腹ごなしをしてから本命の「アサンブラージュ カキモト」へ。
御所の近くにある町屋を改装したお店なのですが、ぱっと見ではお店と分からないほど街の風景に溶け込んでいます。
ショーケースのある販売スペースは明るいのですが、店の奥にはまるでバーのような渋いカウンター席が有り、外には落ち着いた坪庭が見えます。
ここでケーキを頂いたのですが、これがまた美味しかった。
店の名を冠した「アサンブラージュA」など四種のケーキを食べたのですが、どれもまた味の組み合わせが複雑玄妙な事この上なし。
どこの部分が何味なのかも分からずにヨメさん娘と三人で食感やら香りやらについてあーだこーだとひそひそ話をしていたら、お店の方から「ケーキ関係の方ですか」と聞かれ、そうだと答えたらとても親切に素材の事などを教えてくれました。
京都は東京に次いで二番目にケーキ屋さんが多いそうですが、激しい競争の中にありながら同業者に手をさしのべる懐の深さ。
これこそが次々に新しい美味しさを生み出す原動力になっているのでしょう。
さて、そんな京都でヒントを貰った以上ウチのデザートにも生かさねばなりません。
この原稿を書いている時点で作っている「ほうじ茶ティラミスパフェ」には、単に和洋の組み合わせだけでなく、マスカルポーネクリームに寒天をあわせるなど食感の工夫をしたほか、上の飾りも銀閣寺で見た石庭をイメージしています。
石庭のごとくあまり変化のない店ではありますが、三年ほど通い続けていただくと椅子の形が体にフィットしてくるかもしれません。
それに、日々デザートを美味しく進化させていきますので、もし今回のデザートがお口に合わずとも、我慢強く辛抱して通い続けていただきたい。