222号の当選番号は 052 071 119 125 192 です。

夜明け前


今この原稿を書いている時点で作っているのが「チョコとアメリカンチェリーのパフェ」。
世間的にはあまり見かけないパフェですが、個人的にはお気に入りのコンビネーション。
この組み合わせのパフェは今回で四回目になるのですが、二度と同じものを作らないため流石にネタが尽きてきます。
頑張って知恵を絞り「よっしゃ、いいのを思いついたぜ♪」とルンルン気分で試作を始めたら、なんか過去に同じものを作った記憶が・・・。
そんな紆余曲折を経て辿り着いたのが生のチェリーを使ったアイスクリーム。
アメリカンチェリーはコンポートにすると味にぐっと深みが出てアイスやシャーベットにしても美味しく作れるのですが、生だとどうしても味が平板になってしまうのため今まで避けていたのです。
味に深みを加えるには砂糖を甜菜糖などの粗糖に変えるという手もあるのですが、そうするとせっかくの色合いが濁ってしまいます。
そこで生クリームの代わりにクリームチーズを使うことで、何とか綺麗なピンクの美味しいアイスを作ることができました。
 
そして味わいとは全く関係ないのですが、ちょっとした新兵器を導入しました。
今までチェリーの種を取るのにはアボカドのように二つに割って小さなスプーンで残った種をくりぬいていたですが、これがとてつもなく時間がかかるのです。
しかも終わったあとは指が黒紫色に染まり、指先だけならノーメイクでゾンビ映画に出られるほど。
そこで今回購入したのが種取り器。
1000円もしないちゃちなものですがその威力は素晴らしく、今まで6時間ほどかかっていた種取りが1時間もかからず終わったのです。
やはり道具の力は素晴らしい!
人類は道具によって文明を獲得したのですから、これも一種の文明開化といえるでしょう。
ニッポンの夜明は近いぜよと叫ばずにはいられません。
 
話は変わりますが、カート・リヒターが行った「ネズミと水」の実験をご存じでしょうか。
半分ほど水を入れた瓶にネズミを入れ、何分で溺れるかを計るというオソロシイ実験です。
平均すると15分ほどで力尽きて沈んでしまったそうですが、この実験の本領はここから。
リヒターはネズミたちが溺死する寸前に引き上げ、乾かして休息をとらせたあと、もう一度水を入れた瓶に入れたのです。
一旦休息をとったとはいえ、疲れた果てたネズミたちはあと何分泳ぎ続けることができたのか?
驚いたことに平均60時間も泳ぎ続けたのです。
60分の誤植ではありません、中には80時間以上も泳ぎ続けたものもいたのです。
一度助けられたネズミは再び助けてもらえるという希望を持ったために、諦めることなく体力の限界まで泳ぎ続けることができたのです。
 
この話はポジティブ心理学において「希望と楽観」の重要性を示す例としてあげられていました。
そしてそこでは「人もまた希望を持って将来を楽観することで、より多くのことが成し遂げられる」といった感じで締めくくられていたのですが、私が感じたのは「エネルギー効率よすぎじゃないか!」ということ。
ネズミを助けて休ませるのにかかった時間は10分かそこらでしょう。
手間だってそんなにかかってはいないはずです。
それなのにネズミは60時間もの間泳ぎ続けたのです。
かかった手間に対する成果の大きさはエネルギー保存則を全く無視しています。
そして人類は意図的に人を助けることができるのです。
先月号のエッセイで「情けは自分のためだけじゃなく、人のためにもなる」と書いたのですが、それどころじゃありません。
みんなが人助けをするだけで、人類全体のポテンシャルは飛躍的に上がるのです。
人類の夜明けは近いぜよと叫びたくなるじゃないですか!
と、ここまで書いて気がついたのですが、ネズミが水に落ちるたびにすぐに助けていたら、そのネズミはいつでも助けてもらえるんだとポイポイ水に落ちるドジっこネズミになるだけ。
それに人を助けて自分が困るようでは主客転倒。
種抜き器のように簡単に夜明けは訪れないようです。
 
そしてこの実験の話を思い出したのは、かつて家庭教師で教えた子が大学病院に就職が内定した事を知ったから。
彼は中学高校とあまり勉強せずに社会に出たのですが、将来に不安を感じて看護師になることを志したのです。
しかし、看護学校に入るための予備校の授業でさえもついて行けないということで私が教えることになったのです。
教えた期間は半年ほど、時間にして50時間程度でしょう。
中1レベルから始めて高2レベルまで、必要最低限を駆け足で教えただけで、たぶん受験はギリギリ合格だったはずです。
しかし彼はその後も努力し続けたのでしょう。
入学後しばらくして数学で百点を取ったことを自慢しに来たと思ったら、今度は大学病院への就職内定の報告。
たった50時間がこれほどの実りを生んだということは、彼はまさにあの時溺れたネズミだったのでしょう。
家庭教師なんてものは、基本的にはちょっとだけ勉強が好きになる手助けをするだけのものですが、たまにこんな生徒との出会いがあるのでやめられません。
 
なんて暢気なことを言っていたら、あと一週間で「オレンジレモンのパフェ」を仕上げなければなりません。
チョコとアメリカンチェリーで苦しんだので自由度の高い組み合わせにしたのですが、まだ何も決まっていません。
今のところ困ってないのですが、もし死にそうなくらい悩んでる顔を見かけたら、人類の夜明けのためにも、ぜひ助けて頂きたい!



KURIKURI